2023年、大竹市の晴海地区に開業した下瀬美術館がユネスコ建築賞のベルサイユ賞で最優秀賞に選ばれました。広島の新たな観光スポットとして注目を集めています。

美術館を作るのは初めての経験、怖いもの知らずで突き進んだ

―下瀬美術館の建物は非常に印象的です。どのような経緯で設立されたのでしょうか?

当館は丸井産業株式会社の創業60周年を記念して、代表取締役である下瀬ゆみ子が先代から受け継ぎながら収集してきた500以上のコレクションを保存・公開するために設立しました。設計は世界的建築家であるばんしげる 氏。エントランス棟、企画展示棟、管理棟の3棟をつなぐ渡り廊下を含めたすべての外壁は、ミラーガラス・スクリーンで一体化されています。内側からはガラス張りに見える一方、外側からは鏡のように瀬戸内の島々や山々が外壁に映り込んで風景が増幅され、大きな建物が風景に溶け込んだような、建築とランドスケープが融合する様子が楽しめます。

美術館を作るのは大変だったのでは?

もともと私たちは建築金物と呼ばれる部品の製造・販売を行う会社で、建築業はやっていましたが美術館を作るのは初めての経験でした。最初は学芸員さんを集めたり、美術品の図録を作ったりするところからはじめました。当時、私は管理本部長として関わっていましたが、少しでも建築をかじった人間なら、美術館を作るというのは人生で一度はやってみたい仕事。逆に怖いもの知らずで突き進んでいきました。

美術館の建設はどのように進められたのですか?

まず坂先生が広島市西区にある弊社に来られました。その時、弊社の屋上から瀬戸内海を見て「瀬戸内海の島々をイメージさせる台船(箱型の補助船舶)を浮かべた美術館にしたい」とおっしゃいました。当初、美術館は商工センターにある弊社の隣で、企画展示室の屋上にプールを作り、その上に水を張って可動展示室を設置する計画でした。しかし、行政の許可が取れず、急遽、建設地の再検討が必要になったんです。用地の確保は大変でしたが、それでも坂先生が描かれた〝世界初のカラフルで動く展示室〞の設計パースが素晴らしくて、それを見た時に「このコンセプトをなんとか実現したい! これ以外考えられない!」という気持ちになったんです。

それで現在の大竹市晴海地区に建てることになったのですか?

可動展示室は瀬戸内海の島々をイメージしていたので、瀬戸内海沿岸の土地を探しました。現在の場所はもともと県の土地で、連絡すると県も大竹市もぜひやってほしいと言ってくださったんです。ただひとつ難点があって、土地が前の計画の9倍の広さ(笑)。さすがに広すぎると思いましたが、坂先生に相談したところ、レストランや宿泊施設も併設しようという計画に発展しました。可動展示室は企画展示室の屋上ではなく、建物横に設置する形で実現しました。

カラフルなキューブが8棟並ぶ可動展示室はインパクトがあります。

キューブは台船の上に乗せられています。この台船を囲う外部の鉄板はわずか4㎜の厚さなんです。42tのキューブを支えなければならないので、なるべく軽く作る必要がありました。さらにその上にカラーガラスで覆われた10m×10mのキューブを乗せなければいけません。こうした難しい工事を請け負ってくれたのは広島の造船所の職人さんでした。つまり下瀬美術館の可動展示室は、広島の高度な造船技術と日本の建築技術のコラボレーションで生み出されたものなんです。

美術館から見える宮島や瀬戸内海の風景も魅力的です。

計画当初から「ただ美術館を作るだけでは、すでに多くある美術館の中に埋もれてしまう」と考え、建築を本業とする立場からも、「外観にこだわった目を引く美術館にしたい」と思っていました。今の場所に出合えたのも本当に幸運でした。ひとつの風景の中に瀬戸内海を中心とする自然の豊かさとカラフルなキューブが共存することで、ポップアートのような景観が生まれるんです。ヒノキ材が枝を伸ばしているようなエントランス棟を抜けて外に出ると、宮島が目に飛び込んでくる、最高のロケーションだと思います。来場者の方々には、こうした自然の風景と共に建築とアートが一体となった特別な空間で、誰もがアートの面白さを発見できる体験をしていただきたいと考えています。

下瀬美術 : 2023年、大竹市晴海地区に建設された私設美術館。2024年、ユネスコの建築賞であるベルサイユ賞で最優秀賞を受賞し、「世界でもっとも美しい美術館」の称号を得る。敷地内にレストランとヴィラも併設。宿泊してゆっくりと楽しむこともできる。

現代アートの最新動向を取り入れ、アーティスト育成にも力を入れる

―昨年12月にはユネスコの建築賞のベルサイユ賞で最優秀賞を受賞されました。〝世界でもっとも美しい美術館〞と認定された、その時のお気持ちを聞かせてください。

正直細かいことはあまり覚えていません。私たちは美術に詳しい人間ではなかったので、下瀬美術館が世界でどれくらいの位置にあるのか分かりませんでした。ベルサイユ賞にノミネートされたという連絡が入り、その時点でみんな大喜びでした(笑)。世界の上位5つに選出されたわけですから。次に「上位3位以内に入った」と知らされました。授賞式の際は同行したスタッフから「1位か最下位のどちらかだ」と聞かされていたので、3位の発表を聞いた瞬間、「これはもう、うちしかない!」と思いました。その瞬間だけは鮮明に覚えています。

―受賞されたことで何か変化はありましたか?

受賞後、社員のモチベーションが大きく高まりました。これまで〝美術館を開館した会社〞ということだけでも珍しかったのですが、さらに世界一の称号をいただいたことで、丸井産業という会社をより多くの方に知っていただく機会に恵まれました。美術館という文化的活動を通じて社会と接点を持てることは、非常に意義深いことだと感じています。お客様も大幅に増えました。日本人だけではなく、外国人旅行者からの問い合わせも増えています。

―下瀬美術館ができたことで地元の大竹市も脚光を浴びています。

大竹市は広島市街から車で1時間以内という好アクセスで、対岸には宮島を望む、観光面でも恵まれた土地ですが、観光客が積極的に訪れたいと思うスポットがほとんどありませんでした。広島には原爆ドームと宮島という2つの世界遺産を巡るゴールデンルートが確立されており、西へ進めば山口県岩国市に錦帯橋があります。大竹市はその途中にあって、多くの観光客が素通りする場所でした。下瀬美術館はこうした状況の中で〝訪れる理由〞を生み出し、観光ルートの新たな選択肢となることを目指しています。ここに美術館があることで、宮島のオーバーツーリズムが解消され、周辺地域を観光客が周遊してくれればと思います。直島や尾道、鞆の浦など、すでに多くの魅力的観光地のある瀬戸内海の新たなコンテンツとして、地域の活性化に貢献していきたいです。

―展示に関しても新たな展開がはじまっているそうですね。

当初は京人形や雛人形、エミール・ガレのガラス工芸などが中心でしたが、これだけお客様が増えると同じコレクションでは飽きられてしまいます。これまでの路線を強化する一方で、下瀬美術館なりの新しいコンセプトを模索していかなければなりません。8月からは現代美術を専門に活躍するキュレーター、ハイケ・ムンダー氏を名誉館長に迎えました。今後は世界の現代アートの最新動向をふまえたキュレーションも、積極的に取り入れていきます。また、若手アーティストの育成にも力を入れていきたいと思っています。ここは開館して間もない美術館なので、さまざまな可能性を模索しながら来館者にとって親しみやすく、心に残る形で作品をお届けすることを目指したいと思います。

―最後に、これから下瀬美術館を訪れる方にメッセージをお願いします。

当館は女性オーナーによるコレクションをもとに、女性のための美術館というイメージで設立されました。現在も多くの女性のお客様にご来館いただいていますが、今後は年齢や性別を問わず、より幅広い層の方々に楽しんでいただける場を目指していきます。どうすれば普段あまり美術館に足を運ばない方に気軽に訪れていただけるかが、これからの私たちの大きなテーマです。どのポイントで興味を持ってもらってもいいので、ぜひ一度足を運んで、「いい風景だね」とか「いい作品だったね」など、何か感じてもらえれば嬉しいです。ここでしか味わえないアート体験と瀬戸内の豊かな景観が織りなす特別な時間を、ぜひお楽しみください。

この記事の情報は、2025年12月現在のものです。

インタビュー

ベルサイユ賞 最優秀賞受賞 下瀬美術館 代表理事

よしむらりょうすけ さん

1956年生まれ。建築金物の製造・販売を行う「丸井産業株式会社」入社後、長きにわたって営業職を務める。2018年、管理本部長時代に会社創業60周年事業として美術館の設立を担当。さまざまな困難を乗り越え、2023年に下瀬美術館として完成させる。2025年9月、丸井産業の代表取締役社長に就任。

〈特別寄稿〉良和ハウス設立40周年に寄せられた祝福のメッセージ

〈スペシャルインタビュー〉ベルサイユ賞 最優秀賞受賞 下瀬美術館 代表理事 よしむらりょうすけ さん

各部署からの最新ニュース

巻末特集 書家・現代アーティスト やまもとひさ さん

share